夢を見る・・・
それは親父がさっさと逝ってしまってから一年経過したある夜・・・
「っ・・・」
俺は溜息だけをつく。
まったくもってお笑いだ。
使えるのは強化だけだと言うのにその強化すらまともに出来ない。
今だって鉄パイプを強化しようと一時間以上悪戦苦闘して結果が失敗では・・・
「はあ・・・仕方ない・・・少し気晴らしするか」
そう呟き気晴らしの投影を行おうと再度魔術回路を構成しようとした時、
「!!!」
未熟極まりない俺ですらはっきりと魔力の奔流を感じた。
それもこの土蔵から。
周囲を慌てて見渡すとそこには何時の間にか一人の老人が立っていた。
「??何だここは?」
その老人はしきりに辺りを見回す。
「???はて・・・遠坂の家にはこの様なものあったか?・・おっ丁度良い。少年よ」
「は??俺の事?」
「お主以外におるか。ここは何処だ?」
「何処って・・・ここは冬木市」
「場所はあっているな・・・ここは遠坂の屋敷か?」
「違うよ。ここは衛宮だけど」
「なんとそうか・・・しかし何でまた・・・」
そんな事をぶつぶつ言っていた老人だったが不意に俺が過去投影で作り出したガラクタを視界に納めると表情が変る。
「・・・少年」
「はい」
「これはお主が作ったのかな?」
「はいそうですが・・・」
「なんと・・・長生きしてみるものよ・・・まさか僅か数年で奇才に二人も・・・」
しきりにぶつぶつ言っている。
俺が二人目の師匠、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグと出会いがこれだった。
聖杯の書五『異端魔術』
「うう・・・」
俺が眼を覚ました時見慣れない部屋だった。
「何だよ・・・この豪勢さは・・・」
それ程洋室に詳しく無い俺でも良く判る。
馬鹿みたいな豪勢な部屋だ。
それにしてもなんで・・・こんな所に??
思い出せ・・・何か忘れているぞ。
えっと・・・朝起きて・・・学校に行ったら凛の脅迫状紛いによって呼び出され、そして俺の前で・・・やっと思い出した!!
そうだ、俺はあの時あっけなくイリヤに捕まったんだった。
しかも今ようやく気付いたが今の状態はと言えば
「っ・・・縛られてる」
椅子に座らされて、後ろ手に縛られている。
「つまりここに監禁されていると言う事か・・・」
まったく持って自信過剰になり過ぎたか・・・何しろその経緯が経緯だからな・・・
「さて、反省はここまでにして」
今は何日の何時だ?
辺りを見渡し時計を探すが
「ないか・・・」
だが幸い窓はついていた。
朝焼けか夕焼けかは把握できないがカーテンは引かれていないらしく太陽が俺の背中に直接降り注ぐ。
「っ・・・まあどうにか時間くらいはわかるな」
夕焼けならば俺が意識を失い丸一日は最低でも経過しているし朝焼けならば半日弱と言う事になる。
「それと今の状態は・・・」
魔眼・・・と言うよりは呪術か・・・その影響か体の自由があまりよく効かない。
ただそれでも俺の魔力が少しづつそれを落としている。
「まあ、この程度ならあと少しで回復するな・・・!!」
不意に扉の外に気配を感じる。
扉が開かれると
「おはようシロウ!!」
元気の良すぎる声で俺をここに縛り付けた張本人がやって来た。
「・・・・・・」
あまりにも場違い極まる発言に俺は唖然としたが、直ぐにイリヤが苛立った声で
「もうシロウ!!起きたら『おはよう』でしょう!!」
とりあえずなんだ、色々と言いたい事は山ほどあるが、まずはこれか?
「あ・・・ああ、おはよう、それでイリヤ今はもう直ぐ朝なのか??」
「ええ、もうすぐ夜明けよ」
なるほど、つまり俺は最低でも丸半日近く意識を失っていた計算になる。
「それでここは・・・」
「ここは私の城よ」
「イリヤの?」
「ええ、そうよ。昔ねアインツベルンが郊外の森に建てたのよ。で、それ以降はアインツベルンの『聖杯戦争』の為だけの本拠地と言ったところね」
「じゃあ、ここに親父も」
そう呟いてから後悔した。
イリヤの視線が不意に冷たいものに変った。
「ふーん、シロウ、キリツグの事知っているのね」
イリヤの言葉には虚言を認めぬものがあった。
「ああ・・・」
「残念だけどキリツグはここには来ていないらしいわ。そう言えば・・・夕べも聖杯を求める事を止めろって言っていたわよね?」
「・・・ああ」
「生憎だけどそれは出来ないわ。だってアインツベルンにとって聖杯追求は使命なのよ。それを失ったらもうアインツベルンはアインツベルンとして生きていけないわ」
「そんなものか?」
「そんなものよ少なくても向こうにいる連中にしてみたらね」
「それから最後に」
俺は一番疑問に感じた事を聞く。
「どうして俺を生かしておいたんだ?」
意識がシャットアウトされていた時に俺を煮るなり焼くなり出来た筈。
にも拘らず気が付けば目だった外傷も無く、ただ自分を縛っておいただけ。
「そんなの簡単よ。他のサーヴァントやマスターは殺しちゃうけどシロウは別格よ。だから私の部屋に置いたじゃない。本当だったら地下牢にする気だったんだから」
後者はともかくとして前者に気になる単語があった。
「別格??何で」
「ねえシロウ」
俺の質問に直接答えずイリヤは俺の膝に乗る。
「い、イリヤ?」
「シロウ、私のサーヴァントになって、そうすればシロウだけは助けてあげる」
無邪気な・・・しかし、その裏には背筋が凍てつくような冷徹さも備えた声でイリヤは俺にお願いをしている。
「ば、馬鹿な、まだセイバーの体調は万全だおそらく今頃は」
「ええ、もうこの森に侵入しているわ。あら、それにリンとサクラもいる、でも馬鹿ね皆、夕べ三対一でもバーサーカーに手も足も出なかったのにどうやって戦う気かしら」
くすくす笑う。
「そして、シロウ・・・あまり私を怒らせたら駄目よ。シロウは今籠の中の小鳥よ。私の意思一つで簡単に握りつぶせるのよ。バーサーカーをここに呼んで瞬きほどの時間で・・・でもそれじゃあつまらないわ。せっかく長い時間待ったんだから・・・シロウもう一度だけ聞くわ・・・私のサーヴァントになりなさい」
その言葉に俺は暫し迷う。
それだけイリヤの言葉には無邪気さがあった。
冷酷な色もあった。
しかし、それ以上に真摯なものがあった。
だが、俺にも引けない理由があった。
「イリヤ、すまないがそれだけは出来ない。俺にはまだしなくてはいけない事がある」
その瞬間、イリヤが静かに身を引く。
「そうなんだシロウ・・・それがあなたの答えなの?」
「ああ、ごめんなイリヤ、本来なら受けるべきかもしれない。だがそれを受けてしまえば俺は俺である所以を失う」
それだけが怖かった。
死の恐怖など・・・あの時バーサーカーと直接対峙した時の恐怖と比べても・・・まだ生温い。
そこまで考えると不意に失笑する。
アインツベルンの愚か者を嘲笑う資格が俺には無いと言う結論に行き着いた。
結局本質は同じなのだから。
「そうなんだ・・・せっかくチャンスをあげたんだけど・・・じゃあもう良いわ」
そう言うとイリヤは俺に眼もくれず外に出ようとする。
「お、おい、イリヤ何処に行く気だ?」
「決まっているでしょう。セイバー達の所よ。もう我慢する必要もなくなったからここで全員殺してくるわね。その後でシロウ、キリツグの分までゆっくりと殺してあげるわ。セイバーやリン達の死体の前で」
そう言うと、今度こそ脇目を振らずイリヤは部屋を後にした。
「なっ・・・」
危険だ。
イリヤには脅しや駆け引きなど一切存在しない。
あの子が口にした事は全て真実だ。
セイバー達を殺すと言った事も、その後俺を殺すと言った事も・・・そして先程までの俺への異常なほどの執着も。
「急がないとな・・・」
イリヤも言っていた筈だ。
すでにセイバー達はこの森に侵入したと。
そうなればこの森で遭遇戦が起こる事など火を見るより明らか、
「くっ・・・」
しきりに腕を上下に動かす。
それを繰り返す内に少しだけゆるくなったロープから自分の手を引き抜く。
「っ〜〜〜〜・・・まだ手が痺れてる・・・」
だが、回復を待っている暇は無い。
こうなれば一刻も早く皆と合流しここから一旦離脱しなければならない。
本当ならイリヤを説得したかったがそれは別の機会にまわそう。
俺は直ぐに窓を開ける。
だが、その下の地面までおよそ十数メートル、普通に飛び降りれば大怪我または最悪その場で死亡間違いない。
しかし、前方には手頃な高さの大木がある。
距離はおよそ二十数メートル。
「少し距離があるが・・・何とかなるだろう・・・と言うかグローブは??」
今更ながら気付いたがグローブが無い。
「あの時落としたか・・・セイバーか凛が拾ってくれたと信じよう・・・投影開始(トーレス・オン)」
投影したのは、鎖鎌・・・というか夕べライダーが使用していたダガー。
「だけどダガーと言うよりも馬鹿でかい釘だな・・・だが、抜けにくいなこれなら」
そんな事を言いながらもそれを振り回してから木に目掛けて釘の方を投げ付ける。
上手く太い枝に鎖が絡みつき釘が幹に突き刺さる。
それを一、二回引っ張ってから窓枠に足を掛けて飛び降りる。
途中で枝も折れる事無く無事に地面に着地する。
「よし上手くいった・・・さてと・・・急がないと・・・」
俺が歩き出そうとした時
「――――――――!!」
昨夜聞いたバーサーカーの咆哮が森に木霊した。
「くそっ!!!もう遭遇したか!!」
俺は躊躇う事無く走り出した。
さて・・・時間を少し遡ろう。
日が昇りつつある頃、アインツベルンの森を歩く一団がいた。
「セイバー、この方角であっているの?」
「そこまでは判りません。私はただ、シロウの魔力を辿っているだけです」
セイバー達である。
あれから・・・士郎がイリヤの手で捕らえられて・・・セイバーは直ぐに士郎の後を追おうとしたのだが、それに何故か凛と桜も同行すると言い出した。
「どう言う事です??すでにシロウの敵なのでは?」
その申し出に剣呑な視線で見るセイバー
「それはそうだけど、それはバーサーカーを対処してからにしたのよ」
それは当然の事であろうとセイバーは納得した。
最良のセイバーも含めた三体のサーヴァントを相手にして、向こうは怯む様子すら見せず五分以上の戦いを見せたバーサーカー。
それを倒さない限り凛達に勝ち目は無い。
ここでセイバーと敵対して、彼女一人でバーサーカーの元に向かわせても良いがその結果、セイバーが早々に脱落するとなれば自分達の勝ち目は更に低くなる。
そうなれば、今は共闘してバーサーカーと言う巨大な暴威に対抗するのがベターと言える。
「判りました。私としてもバーサーカーとの戦い一人では心許ない。今回だけの共闘でしたらお受けします」
そう言うとさっさと歩きだすセイバー。
あくまでも今回だけの共闘であるので馴れ合いはしないと言う事なのだろう。
そんな彼女に声を掛けた者がいた。
「セイバー」
「なんですか?ライダー?」
普段寡黙である彼女がセイバーに声を掛けた。
「これをマスターに渡さなくても良いのですか?」
そう言って差し出されたのは士郎のグローブだった。
「!!ライダー貴女何処でこれを??」
「先程拾いました。バーサーカーに連れ去られた時落としたのでしょう」
「っ・・・ともかくこの件には感謝します」
そう言ってひったくる様にグローブを受け取ると今度こそ先陣を切って歩き出した。
その後、凛の案内で森の入り口まで到着しそこからはセイバーが士郎の魔力を感じ取りそれを辿る様に進む。
「確かに微かな魔力だけを頼りにして目的地に到着するのは私達サーヴァントでも骨が折れる作業です」
ライダーがセイバーを擁護するような事を言う。
「ですがシロウがこのグローブを身につけていない事はありがたいです。これを填めてしまうと私でも追尾するのは不可能になってしまいます」
「どちらにしろ、方角は間違っていない」
千里眼の固有スキルで辺りを索敵するのはアーチャーだったが不意にその表情が曇る。
それと同時にセイバーもライダーも動きを止めた。
「どうしたの??」
「サクラ下がってください」
「凛・・・君も下がれ」
「どうしたのよ??」
「向こうから来ました」
セイバーの言葉と同時に
「――――――――――!!!!!!」
全身から悪寒を引き起こす咆哮がいまだ薄暗い森の奥から木霊し、白き少女と彼女につき従う鉛色の狂人が姿を見せた。
「いらっしゃいリン、サクラ。その勇敢・・・いえ蛮勇には敬意を表するわ。でも学習能力が無いのね二人とも。三対一で手も足も出なかったバーサーカーにどう戦う気??」
イリヤは優越感たっぷりに聞いてくる。
実際策など無いに等しかった。
イリヤに見付らない様に士郎を奪還した後速やかに離脱するのが基本作戦だったのだから。
「見付った以上止むを得まい」
「そうですね。アーチャー」
「イリヤスフィール!!一つ聞きたい!!シロウはどうした!!」
「ああシロウだったら」
「俺だったらここにいるぞ」
その声と共に姿を現したのは衛宮士郎だった。
「ふう・・・さっき咆哮を聞いた時は冷や冷やしたが何とか間に合ったか」
安堵の息をつく。
「シロウ!!」
セイバーが安心したように俺の駆け寄る。
「ああ、セイバーすまない心配掛けた」
「まったくです。それよりもシロウ下がってください」
「いや、・・・」
「シロウ??」
俺は再びイリヤと対峙する。
「そっか・・・シロウも私を置いていくんだ・・・キリツグと一緒なんだ・・・」
「イリヤそれは・・・」
「もう良い!!皆ここで死んじゃえ!!」
「・・・」
何を言っても無駄な様だ。
「判った・・・なら一つ賭けをしないか??」
「賭け?」
「ああ、バーサーカーと十合打ち合い、生き残っていたら俺達の勝ち。イリヤお前は俺の言う事を聞く。逆に十合打ち合えなければお前の勝ち。俺はお前の言う事を何でも聞く」
「はあ?何言っているの?シロウ、バーサーカーと十合打ち合いだなんて」
俺の提案にイリヤは子馬鹿にする様に笑う。
「イリヤ、何を勘違いしてるのかは知らないが、バーサーカーと打ち合いをするのは俺だ」
後ろで全員が息を呑むのが手に取るように判った。
そしてイリヤは俺を完全に馬鹿にした口調で嘲笑う。
「ふふふ・・・馬鹿じゃないの?シロウ、人間がサーヴァントと真っ向から打ち合えると思っているの?」
「別に倒すとは言っていない。十合打ち合うだけなら俺でも可能だろう」
俺の言葉を挑発と受け取ったのだろう。
イリヤの表情が変る。
「いいわ・・・だったら受けてあげる。ただし負けたらその場でシロウには死んでもらうわ」
「ああ、煮るなり焼くなり・・・親父への憎しみをぶつけるなり好きにすればいい」
「そうさせてもらうわシロウ、それと・・・だったら私も手は抜かないわ。ヘラクレス・・・狂いなさい」
その瞬間、今までの威圧が児戯に思えるほどの暴威が全身に叩き込まれる。
「う、うそ・・・まさか今まで狂化していなかったの??」
「ええそうよ。今まではあくまでも理性を封じていただけ」
更に状況が悪くなる。
だがそれでもやるしかない。
「シロウ!!」
「投影開始(トーレス・オン)」
その詠唱と共に五本の投擲用の剣・・・黒鍵を創り出す。
「悪いが動かないでもらうぞ・・・この間だけでも」
そう言うと、全員の影に黒鍵を撃ち込む。
「!!」
「う、うそ・・・これって影縛り??」
「くっ!!」
「ぐうう・・・」
「先輩!!」
令呪は三回しかない以上下手には使えない。
まさか以前会った埋葬機関第七位エレイシアさんの技がこんな所で役に立つとは思わなかった。
「さて始めるか・・・投影開始(トーレス・オン)」
その言葉と共に創り出したのは長柄の先端に槍と三日月型の刃を取り付けた武器・・・方天戟。
「そんな武器でバーサーカーと打ち合うの??本当シロウって馬鹿ね。まあいっかバーサーカー、やっちゃえ」
その瞬間
「――――――――――――!!!!」
声ならぬ咆哮を上げてバーサーカーが俺目掛けて大剣を振り下ろす。
無論だがサーヴァント・・・それも最凶のバーサーカー相手にまともに受け止める筈など出来る筈が無い。
それが常識である。
この身が人であるならば。
イリヤは手を抜かないと言った、ならば俺も手は抜かない。
「・・・同調開始(トーレス・オン)・・・完了(セット)、投影反映(トーレス・ミラージュ)」
俺の呪文と同時に方天戟から本来の担い手の全てが引き出され俺に装備される。
通常の投影なら絶対に出来る訳の無い異端魔術。
俺と担い手はここに同体となる・・・漢時代末期から三国時代初期に最も恐れられた最強の猛将呂布と・・・
「・・・・・・おおおおおおおらああああ!!!!!」
咆哮と共に俺は真っ向からバーサーカーと得物をぶつけ合う。
至近で爆発でも起きたような轟音と同時に俺とバーサーカーはよろめく。
それを互いに踏みとどまる。
「一合・・・」
周囲から音が消えたが、俺にはそんな事はどうでも良い。
「はっ・・・来な・・・でくの坊・・・いや、うどの大木とお呼びすれば良いか?」
俺は・・・・いや、呂布は唇を撥ね上げてバーサーカーを挑発する。
どうやら性格が強く影響したようだ。
それを侮辱と・・・いや、理性があってもそう受け取る・・・受け取ったか
「―――――――――――!!!!!!!!!!!」
咆哮と共に一撃が繰り出される。
「そんなものか!!ぬうん!!」
俺はそれに合わせるように俺の方天戟とバーサーカーの大剣はぶつかり弾き飛ばしあう。
「二合」
暴風が荒れ狂うように俺の方天戟とバーサーカーの大剣が唸りを上げてぶつかり合う。
「三合」
しかし、ここに来て武器の方に差が出始めた。
「四合」
刃がすっかり欠けてしまっている。
「五合・・・・!!!」
遂にへし折れた。
方天戟は瞬く間に魔力に還る。
「くっ・・・半分でこのざまか・・・」
思わず毒づくがこれは予想出来た事。
偽物がそうも長くもつ筈が無い。
だから既にストックは用意している。
「投影重装(トーレス・フラクタル)・・・投影反映(トーレス・ミラージュ)」
手には一本の矛が握られる。
それと同時に俺は担い手と一つになる。
「――――――――!!!」
バーサーカーが咆哮をあげて大剣を振り下ろす。
「たわけが!!!うおおおおおおお!!!」
俺も咆哮して再度ぶつかり合う。
再び轟音が木霊し俺とバーサーカーの武器が弾かれる。
しかし、それに反動して一歩よろめいたのはバーサーカーだけだった。
「六合・・・はっ・・・さすがは項羽と言った所か・・・」
俺が呼び出した武器自体は無銘であり、何の変哲の無い矛だが、その担い手は『西楚の覇王』と呼ばれ中国史上屈指の猛将として名高い項羽。
その力は呂布すら超える。
いや、パワーだけならバーサーカーすら凌駕するだろう。
一見すれば俺がバーサーカーを押しているように見える。
しかし、これが砂上の楼閣よりも脆い事は他ならぬ俺が自覚していた。
「残り四合・・・しかし、その前に俺の体がリタイヤしなければ良いが」
反映は短時間俺の肉体を英霊に比肩するものにまで引き上げるがその反面、魔力の消耗と肉体の負担が大きすぎる。
それを二回続けて、しかも今までの六合も全力で打ち合っていた。
現に全身の筋肉が悲鳴を上げ始め、体中の節々が軋み始めている。
「残り四合・・・もってくれ」
自身に活を入れると矛を握り直した。
「・・・信じられない」
一方、その光景を見ていた・・・いや、見ることしか出来ない凛達は唖然として見ていた。
ただの人間がサーヴァント、それも全ての能力を極限まで高めたバーサーカーと対等に打ち合っている・・・
それどころか先程などバーサーカーの方がよろめいていた。
最初、士郎がバーサーカーと十合打ち合うと聞いて耳を疑ったものだった。
十合どころか一合も持ちはしない。
サーヴァントの中でも最凶のバーサーカーを相手にそんな事が出来る筈が無い。
それこそが共通の認識だった。
しかし、現実はことごとく予想を裏切った。
「あいつ本気で何者??」
凛の呟きが全員の心境を如実に現していた。
その傾向が最も顕著なのは無論アーチャーだった。
もはや歴史がずれているという問題ではない。
歴史が大きく変貌を遂げている。
そうとしかこの異常事態に説明がつかない。
確かに時間は一年ずれているがそれでも、その当時の衛宮士郎と言えば投影はおろか強化すら禄に成功しない半人前以下の未熟者だった。
それがどうだ。
この歴史の衛宮士郎は投影を何の負担無く使いこなし、その挙句宝具級の剣を行使してその極みはこれだ。
(一体この歴史に・・・この歴史の衛宮士郎に何が起こったと言うのだ・・・)
「何やってるのよ!!バーサーカー!!全力で潰しなさい!!」
六合目まで弾かれるのを見たイリヤが怒りと苛立ちに満ちた声で命令を下す。
その声に反応したのかバーサーカーの一撃がスピード・パワー共に急激に上がった。
「ぐおおおおお!!」
弾き飛ばそうとしたが、その圧力は今までの比ではない。
矛がへし折れるかと思うほど柄がしなる。
「があああ!!」
気合諸共どうにか七合目を受け流すがこの一撃でほとんど刃こぼれだらけになっている。
「ちっ!!」
だがそこに八合目が叩き込まれる。
「!!!」
本能で腰に捻りを加えて威力を増した一撃が大剣を弾き飛ばす。
だが、矛はこの一撃でへし折れた。
「はあ・・・はあ・・・八合・・・あと二回・・・」
だがその二回も無事に済むだろうか??
俺にはその思案にくれる暇も与えられなかった。
バーサーカーの容赦ない一撃が振り下ろされる。
危険極まりないが躊躇している暇は無い!!
「!!投影重装最大速度(トーレス・フラクタル・マックススピード)!!投影反映(トーレス・ミラージュ)!!」
次の瞬間、俺の得物とバーサーカーの大剣はぶつかり弾く。
更に返す刀で互いの武器を弾く音に轟音が重なる。
その後には地面にめり込んだ大剣を凝視するバーサーカーと装飾の無い長刀を構える俺がいた。
「九合・・・十合」
一見するとただの長刀だろう。
しかしこれは『青竜堰月刀』。
三国時代においておそらく最も有名であり、その死後には神にまで祭り上げられた闘将、関羽。
彼の愛用した武器を咄嗟に投影し、彼を装備したおかげで助かった。
周囲には沈黙が広がっていた。
凛も桜は無論の事、セイバー・アーチャー・ライダーも絶句してその光景を眺めている。
無論イリヤもだ。
その中心で俺とバーサーカーは静かに相対していた。
正直に言おう。
もう俺に打ち合える力は残されていない。
何しろ反映を三回連続で行ったのだ。
しかも重装を最大速度で遂行したのが止めとなった。
魔力はまだ投影を行える位は残されているが体の方が言う事を聞かない。
頭痛も酷く、視界も朦朧としている。
だが、英霊の記憶等に俺という自我が呑み込まれる恐れすらあった事に比べればこの程度で済んだ事を喜ぶべきだろう。
だが、事態が最悪だと言う事に変りは無い。
もしバーサーカーが再度攻撃に移ればもう俺に弾く事も避ける余力など無い。
すなわち死あるのみだ。
だが、マスターであるイリヤの命が無いのかその場でじっとして俺を見ていた。
「・・・猛き心の者よ」
突然バーサーカーが喋り出した。
「そなたの勝ちだ。我は手を出さん。お主であればわが主を傷付ける事は無いだろう」
「バーサーカー・・・」
それだけ話すとバーサーカーは無言で構えを解いた。
それを見届けてから俺は静かにイリヤの元に向かう。
「・・・私を殺すの??シロウ」
イリヤの呟きに静かに否定の意を伝える。
「イリヤ・・・殺す訳ないだろ?」
「えっ??」
『青竜堰月刀』を地面に置き、それから静かにイリヤを抱きしめる。
「し、シロウ・・・何を??」
「・・・お前が親父を憎む理由は判っている。だが、あの時はあれしか手が無かった」
「シロウ・・・知っているの??」
「ああ、全部な。あの大火災が何によって生み出されたのかも、どうしてそれが呼び出されたのかも全部・・・」
「じゃあ・・・士郎は私を・・・」
「イリヤは恨んでいない。俺が本当に怒りをぶつけるとすればそれはあれを呼び出したアインツベルンの愚か者たち。その意味じゃイリヤも犠牲者なんだ。それに・・・イリヤ、お前は俺の家族だろ」
その言葉にイリヤはビクンと震える。
「か、家族・・・」
「ああ、親父は決してお前を忘れていなかった。それは俺が保障する。血が繋がらなくても・・・お前は正真正銘俺の・・・いや、俺と親父の家族だ」
「・・・」
肩口が何かで濡れる感触がある。
「・・・っ・・・シロウ・・・シロウ・・・」
「俺の相棒のお袋さんがいった言葉なんだが・・・泣きたい時には一杯泣いたって良いし、笑いたい時には思う存分笑ったって良いぞ。全部俺が受け止めてやるから。繰り返すようだがお前は俺の家族だ。血の繋がりじゃない。俺の心が・・・魂がお前を受け容れているんだ・・・だからもう聖杯を求めるなんて事は止めてくれ」
「・・・・・・・」
声を押し殺して泣いているのか泣き声は聞こえない。
その代わり全身小刻みに震え、時折小さい嗚咽が聞こえてくる。
俺は背中をそっと撫でながらイリヤが落ち着くのを待つ。
その時、イリヤの背後で猛烈な殺気を感じた。
それと同時に未だ暗き森の奥から飛来する。複数の何か。
「!!!」
俺は何の躊躇い無く自分の体を軸に百八十度回転させ更にイリヤをバーサーカーの元に押し出す。
本当ならイリヤを抱えたままでも回避出来たが、今の状態ではそれも出来ない以上出来るとすればこの身体を張ってイリヤの盾となる事だった。
「えっ??きゃ!!」
イリヤの小さな悲鳴と俺自身のうめき声が交差する。
「!!!がっ!!」
背中一帯に衝撃が走る。
次に猛烈な熱を覚え、最後に激痛が襲い掛かった。
「シ、シロウ!!」
「・・・誰だ?」
悲痛なイリヤの声を敢えて無視して、痛みを堪え振り返る。
周辺に気配は感じられない。
しかし、僅かな気配の残照までは消せない。
「逃すと思っているのか!!投影開始(トーレス・オン)!!」
その瞬間俺の手に現れるのは右手には黄金の鉄槌、そして左手には黄緑一色に塗装された三叉槍(トライデント)。
更に投影した二つの宝具に魔力を通す。
「投影接続(トーレス・リンク)・・・接続完了(セット)」
俺がゼルレッチ老との修行の結果身に付けた更なる異端、二つの宝具の能力を相互に共有させる、第二の異端魔術。
「いけ、大神宣言(グングニル)!!続け、猛り狂う雷神の鉄槌(ヴァジュラ)!!」
投擲されたグングニル・・・ゲルマン神話の主神オーディン愛用の槍であり、投擲すれば標的を射るまで地の果てまで追い求める・・・とそれに続くヴァジュラ。
その気配の持ち主は大分焦っている様だ。
こんな障害物だらけの森でここまで正確な追尾がされるとは思っていなかったのだろう。
気配の動きが慌しくなったが逃れられる訳が無い。
グングニルの能力を共有した事で追尾能力を得たヴァジュラに、ヴァジュラの能力を接続した事で、稲妻の如き速度で標的に迫るグングニル。
この二つの宝具に追われて逃げ延びられる者は存在しない。
遂にグングニルが標的を捉える。
「ぐっ!!」
その声を聞くや否や
「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」
爆発が二回起こり、それが着地する。
それは闇夜に溶けるような黒のフード付きマントを身につけた・・・
「骸骨??」
いや、良く見ればそれは髑髏の仮面を被った男だった。
「あれは・・・」
だがその瞬間その仮面の男は眼にも止まらぬ速さで投擲用の短剣を取り出すと投げ付ける。
反応できなかった。
『青竜堰月刀』を構えるより早く俺の腹部に深々と突き刺さる。
「・・・が・・・がはっ・・・投影(トーレス)・・・解除(アウト)・・・」
その瞬間、俺の投影した全ての宝具が消失する。
それを合図として、
「はああああああ!!!」
セイバーが蒼き一陣の風と化し突っ込む。
「バーサーカー!!!潰しちゃえ!!」
「―――――――――!!!!」
イリヤの絶叫を同時にバーサーカーが飛び込む。
「!!!」
しかし、その瞬間謎の男は気配を完全に遮断しその姿を消す。
「くっ!!待て!!」
「無駄だセイバー・・・あれはおそらくアサシン・・・気配を完全に絶たれた以上俺達に追跡の手段は無い・・・」
それだけ言うと俺は地面に倒れ付す。
「「シロウ!!」」
「衛宮君!!」
「先輩!!」
セイバー達が駆け寄る。
「くっ・・・油断してたな・・・まったく・・・自分の力を過信し過ぎるからこうなる・・・」
「あんた!何この期に及んで冷静に批評しているのよ!!」
「いや、泣き喚いて傷が治るとは思えないし、・・・背中に五本、腹部に一本か・・・」
「先輩!!もう喋らないで!!」
「シロウ!!今言ったじゃないの!!私の事家族だって」
「ああ・・・大丈夫・・・直ぐ眼を覚ますから・・・・とりあえず少し寝させて・・・く・・・」
「シロウ!!」
最後にセイバーの絶叫が聞こえたような気がした。